ラブストーリーは突然に

最近、きつねに避けられている。そう気づくのに時間はかからなかった。
ぱっと見は、いつもと変わらないように見える。だが、一昨日あたりからだろうか、とにかく自分への態度だけがあからさまにおかしいのだ。

心当たりはまったくない。
けれど、相手からすれば顔をあわせる度、あーだこーだと噛み付いてくるような相手だ。とうとう相手をするのも嫌になったのかもしれなかった。が、それでも。

「…きつね、あの」
「あ、あー!俺、ちょっと用事思い出したから出てくるわ!ノマさん、あとよろしくー!」
「え、ちょ、お前…」

…それでもちょっと、あからさますぎやしませんか。
こんな調子で、まともな会話も交わせないままもう3日がたつ。
相手はなるべく自分を視界に入れないようにしているらしく、視線さえあわせてもらえない始末だ。

「…かいちょー、やまピーとなんかあったん?」
「……知りませんよ、俺のほーが教えてもらいてーくらいです」

心配そうな関西弁の後輩の声が、余計に心をえぐる。
いくら自分でも、何の前触れもなくこうまで避けられると傷つく。

(俺が、なにしたっていうんですか…)

「まあ、うるさいのが関わってこなくなって、せいせいしますけどね!」

いつもどおりの悪態は、うまくつけていただろうか。
気を抜けばあふれ出してしまいそうな涙を必死で堪えながら、ぎゅっとズボンの裾を握り締めた。そうでもしないと、身体が震えてしまいそうだったから。

「せやけどもうすぐNH和の大会も近いんやし、このままはマズいんちゃう?二人がこのままやと雰囲気悪いわぁ…」
「俺に言わねえでください」
「かいちょー…」

「いやでもホント、問題なのは大和<アイツ>の方だろ。あからさまに態度おかしいぞアレ」
「怒ってはるようにはみえへんのですけどねー…」
「手荒ではあるが、一度無理にでも二人で話あった方がいいのではないか…」

ノマルの発言をきっかけに、今まで遠巻きに様子を見ていた部員たちがぽつりぽつりと会話にのってくる。
その視線がすべてこっちに集まっているのに居心地の悪さを感じて、誉は椅子から立ち上がった。

「…わかりましたよ……行けばええんでしょ…!」

どうせ教室か屋上で暇つぶしてんでしょ。行ってきますよ。
早口で適当にそう捲くし立てて、錆付いて滑りの悪い扉を強引に開く。
とにかく、一刻もはやくこのいたたまれない空気から逃げ出したかった。

「ああ〜、青春ですねぇ…」

がたん。
ドアが閉まる直前、背後で聴こえたメガネっ子の呟きが、やけに遠く感じた。


*   *   *


「……やだごと、ほんとにいますよ」

逃げるように転がり込んだ屋上。
長い階段に息を切らしながら顔をあげれば、見慣れたツンツン頭がそこにいた。
教室か屋上うんぬんは全て口からでまかせに言ったことだったのだが、まさに嘘からでた誠というやつだ。

そのまま踵を返して逃げてしまおうかとも思ったが、すんでのところで思いとどまる。
また冷たく視線をそらされるのかもしれない恐怖に足は竦んだが、他の部員たちのいうようにこのままというわけにもいかない。
大会に支障をきたすというのもそうだが、何よりもう自分の心が耐えられそうになかった。

「―きつね」

すう、大きく一度息を吸い込んで、声を絞り出す。

「か、……いちょ」

振り向いた大和の表情が、自分を認めて困ったように歪む。
その表情にずきりとまた心が痛んだが、気にせずそのまま言葉を続けた。

「アンタ、なんで俺のこと避けてんです」
「…な、に言ってんの、別にオレ、何時もどおりだよ?」

へらり、いつものように笑ったつもりだろうか。
繕いきれていない笑顔を浮かべる大和に、誉は顔をしかめた。

「…じゃあ、なしてこっち見ないんです」
「……そ、れは―……」

言うなり、大和は黙り込んでしまった。
どのくらいそうしていただろうか。
何も喋ろうとしない大和に痺れを切らした誉がはあ、と溜息をついた。

「―そうですか、よく分かりました。」
「え、…」
「目もあわせたくないほど俺がきれえなんですね」

「かいちょ、なに言って」
「うっつぁし!何も言えねってことはそういうことだべ!」

「ちが―」
「なにがちげえんです!!」

声を荒げると、漸く大和がはっきりと此方を見た。
その事実にまた悲しくなって、じわりと鼻頭が熱くなった。視界がにじむ。

「か、会長…?」

ああ、困らせてしまっている。
そう思うのに、一度自分の手から離れてしまった感情はとめどなくあふれだしてしまう。

好きになってほしいなんて言うつもりなんてなかったのだ。
ただ、密かに好きでいるくらい許してほしかった。
許されると思っていた。

「……そっだに俺がきれぇならっ…、はっきりいえばえがったじゃねえですか…!」

声が震える、手足が震える。
ゆらゆら揺れる視界では、もはや目の前の後輩がどんな表情をしているのかもわからなかった。

(そんな表情しねぇで。)
(そんな瞳でみねぇで。)
(―嫌いだなんて、)


「…アンタのこと好きな俺が、ばかみてえだべした…!」
「…………え、―…」

空気が止まる。
そらされていた瞳は大きく見開かれ、まっすぐに自分を映していた。

(―俺、いま、なんて)


「……っ!」

激昂して、一気に頭が冷えていく。
ありえない。なんてことを口走ったのだ自分は。
呆然としているような大和の視線が痛くて怖くて、頭が真っ白になる。
叫んだせいか悲鳴をあげるひ弱な肺を叱咤して、誉は視線から逃げるようにその場から逃げ出した。


coming soon