―ばかですねえ。
突如降ってきた憎たらしい声によって、 クリスマスの寒空のもと繰り広げられていた俺とモミノ木さんによる濃厚なラブシーンは終わりを告げた。
どこか刺のある敬語に、独特の訛り。
顔をあげれば案の定、によによ、なんていう擬音が聞こえてきそうな満面の笑みとぶつかった。くそうむかつく。
「なんだよ誉、いま彼女とラヴラヴクリスマスを過ごしてるんで邪魔すんなよー」
「へえーアンタの彼女、緑色だったんですか。知りませんでした。」
「愛に種族差なんて関係ないやい!」
ぷうーっと頬をふくらませて言えば、さすがにヒいたのか会長が一瞬ヘンな顔をした。
自分でもアホな事をしている自覚はあるけれど、ここで引くのはなんだか負けた気がする。
大和は半ば意地になってちくちくするモミの木に恨みがましく頬擦りし続けた。
―だってクリスマスだ。クリスマスなのだ。
何が悲しくて派手なイルミネーションとカップルだらけの街を、男友達とあてどなくさまよってにゃならんのか。
「…あ、ダメ真剣に考えたら泣けてきた…」
「……一人で何やってんですかさっきから…」
「一人じゃないもん!モミノ木さんもつこみもいるもん!…ってあれ?」
「大阪弁なら府内を見つけてとっくにおいかけていっちまいましたよ」
…全く気づかなかった。てか一声くらいかけてくれよつこぽん!
まあ十中八,九、いや百パーセント俺のせいだけど。
そりゃ街中で急にわめきだしてモミノ木といちゃつきだす友人がいたら誰だってそうする。俺だってそーする。
てゆうか今気づいたけど結構人だかりできてる…?アレもしかして俺笑われちゃってる?俺電波さん?
心中でセルフツッコミを交わすうちにもくすくすと笑い声が耳に届き、初めて自分の置かれた立場を確認する。
赤くなる頬を誤魔化そうとあはははーと頬をかいてみるが、いたたまれなさは消えず。
「あーもうホント、きつねはでれすけですねぇ。」
「うっせ!」
「…いーからいきますよ。みっだぐねくて見てられません」
ぼそり、と不機嫌な呟きと共に、ぐいっと右手を引かれる感触。
あれっと思う間もなく、俺の身体は煌びやかなツリーから引き離された。
普段どこにしまってんのと言いたくなるような力強さで、ぐいぐいと人ごみの方へ引っ張られてゆく。
誉の小柄な身体には不釣合いな威圧感のせいか、人だかりは俺たちが近づくとあっという間に散り散りになってしまった。
「わ、わわ、ちょっと待ってよ。誉さん、ちょっと!」
そのまま騒がしい街中のメインストリートを抜けて、人通りの少ない裏道へ。
ぜえぜえと息が切れだして、ようやく会長は俺のコートの袖口を開放した。
「……もー。いきなりなんだよ。びっくりしただろー」
「…別に。アンタあんまま笑われてたかっだんですか?」
「−え」
(―あれ、もしかしてコイツなりに気をつかってくれた?)
この憎たらしい会長さまは、時々、本当に時々だが分かりにくい優しさを見せるときがある。
いつぞやのたまごっちの一件を思い出し、大和はふっと微笑んだ。
ありがと、と素直に礼を言えば、亜麻色の瞳をまんまるにして頬を真っ赤にした誉が振り返った。
インドア派のくせに長距離を走ったせいで息があがったのか、らしくない事をして照れているのか。
どちらにしても普段ぶすっとした表情ばかりを見ている俺にはレアすぎる表情だ。
思ったより瞳が大きい、なんてアホな事を考えて眺めていると、居心地が悪かったのかぷいと顔をそらされてしまった。アラ残念。
「…別に。一緒にいる俺までアホだと思われんのが嫌だっただけです」
「……あー…ハイハイ」
それならさっさと自分だけ離れればよかったのに。
口にはしないで、大和はぷっと吹き出した。
素直にどういたしましてもいえない年上の男がなんだか妙に可愛くみえて。
大和は、無意識に、―本当に気が付いたら―その着膨れした小さな身体を抱きしめていた。
「―え……。なっな…、何し、…ええ…?」
何が起きているか理解がおいつかないのか、上擦った声があがる。
そのまま腕を回して抱き込んでしまえば、想像よりもずっと小さな身体は大和の腕にすっぽりと収まってしまった。
ふわふわと眼下で揺れるネコっ毛が首にあたってくすぐったい。
その柔らかさに誘われるままに顔をうずめれば、家の喫茶店で扱っているものだろうか、ふわりと甘い香りが鼻を擽った。
ふーん、意外と…、そこまで考えて―なんだか恐ろしい考えにたどり着きそうで止めた。
「……ほまれ痩せすぎじゃない?骨が当たっていたいし」
「!!!!なっ、な……!だ、だったら離せばええばい!」
「え、やだ。」
世間はクリスマス。街は幸せなカップルだらけ。
だというのに俺はどういうわけか男の、しかもくそ憎たらしいあほまれなんか抱き締めている。
―でもま、モミノ木よりかはずっとましかもね?
バタバタ暴れる身体をぎゅうと強く抱きしめて黙らせる。
先ほどのむなしさなどすっかり忘れて、俺は冷えた体が温まるまでその細っこい身体を抱きしめていた。
* * *
「ノマー、どないしたん?二人探しにいったんとちゃうん?」
「……イヤ、うん…何も聞かないでくれ…」
「…んん〜?なんなんホンマ…」
その後しばらく、一部始終を目撃していたノマルが胃に穴があくほど気を使ったのは、また別のお話。
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ご本家クリスマスの続きを勝手に妄想。