きらいきらいも、

「…おまえなんかきらいだ」

耳に届いた高めのアルトが奏でた物騒な言葉に、フランスは苦笑いを浮かべた。
イギリスにこういった類の言葉を投げられるのはそう珍しい事ではない。
もともと、顔をあわせれば次の瞬間にはケンカしあっているような関係だ。
言い争いというよりはもう一種のコミュニケーション手段と化してしまったその罵倒に応えるべく、フランスは大げさに肩をすくめてみせた。


「はいはーいお兄さんもイギリスが大嫌いですよ〜っと」
「っ…てめぇマジ一回滅べ跡形もなく消えうせろ」


…こんなやりとりを過去何回繰り返してきただろうか。
我ながら情けないほど進歩のない関係だ。


「ひげなんかはやしやがって…まじうぜぇ」
「それとこれとは関係ないでしょ…ってかイギリス、そろそろお酒やめなさい」
「あー…?うっせぇばかひげー」


でろりん。
(あぁもう、ダメだこの子。)

今日は世界会議の最終日。
いつものように連れ立って酒を飲みに来たのはいいものの(いつも一人でいるイギリスを誘ってあげるお兄さんてばなんて優しいの!)、疲れていたせいか酒の回りが速かったらしい。
気づいた頃にはあっという間にぐでぐでの酔っ払いの出来上がりだ。


「おい」
「でっ、ちょっ…おま…」

はー、とため息をつきながら栓のないことを考えていると、不機嫌そうな声とともにぐいっと髪を引かれた。
ちょっと、本気で痛いんですけど、と涙目で訴えるが、酔っ払いにそんな言葉が通じるわけもない。


「きいてんのかわいんやろー」
「あ〜、ハイハイ。で、坊ちゃんはお兄さんのどこが気に入らないわけ?」
「ぁ?」

ぐしゃぐしゃ、とその飴細工のような金糸を撫でながら口にする。
常よりも鈍い反応で、首をかしげたイギリスはフランスの言葉に暫く考えるそぶりを見せた後、ろれつの回っていない可愛らしい声できぱりと言い放った。


「まず存在がうぜぇ」
「酷!」

「変態」
「いやそれお前も人のこといえない…」

「いい加減英語しゃべればか」
「ごめんそれはムリ」

「ワイン野朗」
「それ悪口?!」


「…で?」
「……あ〜?」
「ほかには?」
「お兄さんのー嫌いなところ〜〜」


まだあるんでしょ?と視線で訴えれば、すっかりとろけきっていた翡翠色の瞳がしっかりと自分を映した。
熱っぽく潤んだ瞳を覗き込んで笑いかけてやれば、イギリスはわかりやすいくらいに動揺して目を泳がせる。


「……あ、う……」
「ん?」

ちょっとしたイジワルのつもりだった。
けして自惚れているわけではないが、イギリスが自分へと向ける感情が明らかに『他』へ対するそれとは違うことをフランスは自覚している。
しかし、相手は棘を全身にまとったバラのように警戒心と自尊心の強い男。
そう簡単に甘い表情や言葉を見せてくれはしない。送られてくるのは甘さの裏返しの罵倒や暴力ばかり。


うん、まぁでもそれが彼の愛情表現だと言うのなら甘んじていくらでも受け入れたいし、実際受け入れてもいる(正直何度か逝きかけたけどネ!)のだが、やはり物足りないのも事実で。
趣向返しというわけではないが−たまには自分の方が彼を困らせてみたっていいのではないか−と思い至ったのだった。
…いや、本当はそんなの全部建前で、ただ彼からの素直な言葉が欲しかっただけかもしれない。
もしかしたら、「きらいじゃない」「すきだ」…そんな言葉が聴けるんじゃないか、なんて。


「……ら、…い…んだ」
「え?」


もごり。言いづらいのか、酒で赤くなったイギリスの顔が更に赤く染まる。
消え入りそうな声に庇護心が掻き立てられ、その金灰色の髪を優しくなでてやる。
不安げに見上げてきたその表情に優しく微笑むと、すこし考えるそぶりを見せて−すうと息を吸い込んだ。


「……−ころ。」

「…そういう、たまにやさしくするとこ…、だいきらいだ」


どうしたらいいかわからなくなるだろ。
続けざまに涙ぐんだ声で罵声混じりに言われて不覚にもどきりと心臓が脈を打った。

(あ、やばい、今のちょっとぐっときたかも…)


「……ッ!何すん……」

ぎゅー、有無を言わさず抱きしめる。
ああもう、これを無自覚でやってるっていうんだから、なんて性質が悪い!


「坊ちゃんこそ、そういう不意打ちのデレはやめてお願い…」


どうしたらいいのかわからないのはお兄さんの方よ!
心の中で叫んでから、さてこの溢れそうな感情をどうしようか、とフランスは腕の中で暴れるイギリスを見ながら考えた。


(だってこんな殺し文句きいたこともない!)


End.